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<台本抜粋>
旅人 …遠く離れた二つの町がありました。
うっかりすれば遠くにあることさえ忘れてしまうほど、
二つの町は遠いのでした。
あんまりに遠いものですから、道は途中で足りなくなって途絶えていました。
互いの町を行き来する手段は何もありませんでした。
いつの頃からだったでしょうか。
互いの町がちゃんと遠くにあることを忘れないでいるために、
二つの町は夜になると小さく灯かりを点すようになりました。
女、手を止め、思わず聞き入っている。
旅人 夜になるとどちらの町も新しい灯かりを点し、遠くの灯かりを眺めるのでした。
どちらの町も、何があっても灯かりを絶やさないように注意していました。
灯かりを点しておくと、「寂しく」なくなるような気がしたのですが、
それが自分の町のためになのか、遠くの町のためになのか、よく分かりませんでした。
長い時間が過ぎました。
ふたつの町はとても大きく、明るくなりました。
もう、町には闇がなくなりました。
お互いの灯かりは町の中まで届かなくなりました。
いつしか二つの町は遠くの町のことを思い出さなくなりました。
自分の町を十分に自分の灯かりで照らせるようになったのです。
町は幸せでした。遠くの町も幸せでした。
長い時間が過ぎました………
…あるとき。困ったことが起きました。
一つの町が壊れてしまったのです。
町は闇の中に沈み込んでしまいました。
壊れた町は狼狽えました。
こんなに深い闇の中で、一体どっちを向いて何を見ればいいのかわかりませんでした。
誰かが、ふと遠くを見ました。遠くに灯かりが見えました。大きな灯かりでした。
壊れた町は不思議な気持ちで灯かりを見上げていました。
いったい何の灯かりなのかはわかりませんでした。誰も、覚えていませんでした。
遠くに町があることを。もう誰も覚えていませんでした。
分からなくても灯かりが見えました。覚えていなくても灯かりが見えました。
大きな灯かりでした。
なんだかわからないけれど、それはとても懐かしくて、親しい灯かりのような気がしました。
遠くの町は遠くにあるものですから、何も知りませんでした。
遠くに町があることも、遠くの町が壊れてしまったことも、向こうの町が自分の町の灯かりを見上げていることも、ちっとも知りませんでした。
壊れていない町はいつものように暮らしていました。
毎日夜になると新しい灯かりを点して自分の町を包んでいました。
もう、寂しいとは思いませんでした。
どちらの町も、もう、寂しいとは思いませんでした。