
作:久野那美
<台本冒頭>
コンビニの帰り道。坂道をだらだらとのぼる。
街灯がぽつぽつと立つ道には人かげもなく。あたりはうすぼんやりと明るい。
遠くから、音がする。
ごろん、ごろん、地面を伝う音がする。
音はだんだん、大きくなる。辺りは白く光っている。
ごろん、ごろん、ごろん、ごろんごろんごろんごろんごろんごろん・・・・・。
少しずつ、だんだんに、大きくなる。
辺りは白く光っている。
だんだん大きくなる。だんだんだんだん大きくなり、私の目の前で止まった。
静寂。
私も立ち止まる。まっすぐ、前を見る。
あたりがしんと静かになる。
まっすぐ、前を見る。おおきいので、正確には、前を見上げる。丸い。丸くておおきい。
ぼんやりと、白く光っている。
地面には私の影。月明りに照らされた、私の影。月明りということは、月なのか。
丸い月?丸いのだから満月か。
満月?
私は話しかけてみる。
「こんばんは。満月だったんですね。今夜。だからこんなに明るいんですね。」
「ちょっと、驚いてます。今夜、誰かに会うなんて思わなかったから。」
月が道をふさいでしまって通れないので、そのまま立ち止まっている。
しばらく。
しばらく。何も起こらない。
「何か、待ってますか?
何か、答えたほうがいいですか?
何に答えたらいいでしょう。
無口なんですね。
私は、月は、無口なほうが素敵だと思いますよ。
饒舌な月っていうのは、ちょっと。
べつに、媚びてるわけじゃないですよ。
月とか星とかって、何を考えてるのかわからないくらいがちょうどいいと思うんです。
あんまりわかりやすく丁寧に説明されたら・・・・・、
きっと、誰も空を見なくなると思います。
だから、無理してしゃべらなくていいですよ。」
そういうわけで、ふたりとも黙っている。
しばらく。何も起こらない。
「私、あなたのこと覚えてますよ。ひとつきにいちど、あなたは必ず現れる。
これまでに、きっと何度も見かけてたのに。
その夜は、誰かに会うはずだったり、何かをしてる最中だったり、別の何かを見てたりしたから。
だから、会ったのは今日が初めてです。
はじめまして。
ふつうの夜ですね。
はじめて出会うっていうのは、とても、特別なことだと思うのに、特別なことは特別な夜に起こるわけじゃないんですね。」